暮らしの小さな困りごと

捨てる負担ことは、誰にとっても同じだろうか

ごみは、決められた方法で正しく捨てる。

環境のためにも、安全のためにも、それは大切なことです。

分別する。
回収日を守る。
粗大ごみは申し込む。
危険物は決められた場所へ持っていく。
必要なら処分費用を負担する。

どれも「正しいこと」です。

でも、その正しさを実行するためには、

情報を調べる力。
時間。
体力。
移動手段。
スマートフォンやインターネット。
そして、お金。

が必要になることがあります。

車がある人なら簡単に持ち込める。
でも、車がなければ難しい。

重い物を運べる人なら処分できる。
でも、高齢だったり身体に制約があれば難しい。

処分費用を払える人なら手放せる。
でも、その費用さえ負担になる人もいる。

すると、

同じ「正しく捨ててください」というルールでも、負担は人によって違う。

ここに、見えにくい格差があります。

もちろん、不法投棄や危険な廃棄を正当化することはできません。

ただ、ルールを守れない人を責めるだけでは、モヤモヤします。

「正しく捨てるべき」という正義は、時に人を追い込んでいく。

本当に公平な仕組みとは、同じルールを求めることだけではなく、そのルールを実行できる環境も用意することなのかもしれません。

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